エンドゲーム

新国立劇場で「エンドゲーム」(作:サミュエル・ベケット、演出:小川絵梨子)を観た。ベケットやゴドーの名前に接する機会は頻繁にあっても、劇場でベケットの芝居を観るのは初めてのことで、どんな芝居なんだろうかと予備知識なしに出掛けたのだけれど、想像していたよりも饒舌、哄笑、猥雑な味わいのある芝居に感じた。なぜ、とか、なんのために、といった問いを封印して芝居の空気を浴びて来たのだけれど、何とはなしに、記憶を担う両親と、創造するハム、そして受け取るクロヴが先のない非現実的な状況で交わす言葉に、独特の風味のあるデフォルメが施された人間味を感じていたようにな気がする。こんな(どちらかというと分かったような気になったり、共感したりすることが難しい)作品が70年近くも愛されて上演され続けていることに、演じる役者だけでなく(今回の役者さんたちも、いずれも個性が立っていて、素晴らしい演技だったと思う。)、演劇を愛する観客の奥深さ(客席は世代や性別を交えた観客でほぼ満席だった)を感じたりもした。