Books: 開玄堂が無料でご提供する中・短編の作品です。
Photos: Please enjoy photos of “Central Tokyo, North” “Koishikawa Botanical Garden” “Nozori Lake” “Travels in Japan” and “Travels Abroad.”
Blog: 読書、映画、演劇、音楽、美術、写真、遠出などに関する日々の雑感です。

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Booksから

「父の死・開玄堂」の冒頭部分

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From Photos

鞆の浦 Tomonoura
Tomonoura in January 2026

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最近のBlog

  • 藤田嗣治-白い暗闇-

    東京芸術劇場シアターウエストで劇団印象-indian elephant-第33回公演「藤田嗣治-白い印象-」(作・演出・鈴木アツト)を観た。大きな船が海の波を分けて進むような音で芝居が始まり、時代をうかがわせる音楽やラジオの音、舞台を日本に移してからの蝉の声など、印象的な音はありつつもシンプルな音響、そして舞台全体を囲む大きな額縁をあしらった木枠といくつかの椅子、テーブル、ベッド、イーゼルといったこちらもシンプルな美術や衣装で、それだけに存在感のある素敵な役者さんたちの力強く巧みな演技と、脚本の言葉が前面に打ち出された芝居に感じられた。もっとも、自分の中でこの時代や藤田嗣治に近づこうとしてモヤモヤと感じているイメージとはちょっとズレがあったように思えて、そのズレの理由がどこにあるのか、帰り道に考えていたのだけれど、おそらく「疲れ」ではないかという気がしている。エコール・ド・パリや戦争の時代の「祝祭感」と藤田個人の強いエネルギーをもってしても、困難な時代や環境に向き合う中で避けようもない「疲れ」を、藤田も周りの人たちも抱えていたのではないか、今日の芝居にはこの「疲れ」の感覚が希薄だったようにも思えて、大事なことではないのかもしれないけれど、ちょっとしたズレを感じたのかもしれない。昨年秋に東京国立近代美術館で開催された企画展「記憶をひらく 記憶をつむぐ」を観て、改めて藤田嗣治への関心を深めたことがこの芝居を観るきっかけになったのだけれど、上演後、この企画展の担当をされた鈴木勝雄と鈴木アツトのアフタートークもあって、改めて藤田嗣治や戦争の時代の文化芸術について学びたいという気持ちになっている。(国立美術館の予算不足という理由でこの企画展の図録が作成できなかったようで、多くの人が訪れた素晴らしい企画展だっただけに、とても残念だ。)

  • 誰かひとり/回復する人間

    中野ザ・ポケットで「誰かひとり/回復する人間」(演出:西本由香)を観た。ノーベル文学賞作家であるヨン・フォッセの「誰かひとり」と、ハン・ガンの「回復する人間」を続けて上演するということで、今年に入ってから妻と三女に薦められて「別れを告げない」を読み、ハン・ガンの作品が気になっていたこともあって(「菜食主義者」はそれほどでもなかったのだけれど)、チケットを購入した。ふたつの作品は、いずれも家族という身近な繋がりにおける人と人の関係の難しさを描いていて、「誰かひとり」では、息子、母、父という3人の登場人物のそれぞれをふたりのキャストの対話で描くことで微妙なブレや揺らぎを生じさせ、「回復する人間」では、おなじシーンを何度も繰り返しつつバリエーションの違いを生じさせることで微妙なブレや揺らぎを生じさせる、シンプルだけれども象徴的な赤い花を舞台奥に配した美術と、効果的な音楽、そして役者さんたちのしっかりとした存在感と相俟って、そんなブレや揺らぎの中から芝居の魅力が立ち上がってくる、そんな素敵な舞台だった。この日は朝からチケットぴあのMyチケットにアクセスできず、チケットを持たずに会場に出掛けたのだけれど、受付で気持ちよく対応していただいて、無事に芝居を楽しむことができた。ご対応いただいたスタッフの方々にも感謝している。

  • 2026年2月は25.8キロ

    2026年2月の月間走行距離は25.8キロだった。1月は3回、2月は2回しか走っておらず、この状態で3月1日の三浦国際市民マラソンに行ってきたのだけれど、無理せずゆっくりお散歩気分で景色を楽しもうという心構えだったとはいえ、やはり歩きに近いゆっくりペースで走ってもきつかった(お天気に恵まれ、海、港、畑、富士山など変化のある美しい景色が素敵だった)。とはいえ、コロナ前の2019年に夫婦で鹿児島マラソンに参加したのを最後に7年間にわたりマラソン大会に参加していなかったようで、今回はDNSとせずに参加しただけでも収穫だった。