2026年10月の月間走行距離は70.2キロだった。11月は100キロくらいまで延ばせるか、ペースも上げていけるか、来年の東京マラソンを走る三女も10月に人生で初めて10キロ走ってみたようなので、自分もだんだん1回に走る距離を延ばしていこうかと思っている。
読響第291回土曜マチネシリーズ
東京芸術劇場でレスリー・スガナンダラージャが指揮する読売日本交響楽団の第291回土曜マチネシリーズを聴いた。1曲目にドヴォルザークの歌劇「ルサルカ」からポロネーズ、2曲目にアレクサンダー・ガジェヴをソリストに迎えたショパンのピアノ協奏曲第1番、アンコールに弾かれたショパンのマズルカ第47番を挟んで、3曲目にシューマンの交響曲第3番というプログラムだった。ガジェヴが弾くショパンのピアノ協奏曲を聴いてみたいということで奥さんと聴きに行ったのだけれど、今ひとつ盛り上がらない演奏という印象だった。先月末に聴いた清水和音とTCPOが演奏したショパンのピアノ協奏曲第2番の印象と比べてみても、ガジェヴの演奏からは思い描く音楽の形が掴み取りにくく、ミスも多かったと思う。アンコールのマズルカが素敵な演奏だっただけに、少し残念な気持ちもあった。オーケストラも、コンマスの白井圭や、木曽音楽祭で音楽を楽しませてくれた中舘壮志、日橋辰朗といった魅力的な奏者がいるのだけれど、全体的にきちんと仕事をされているような印象で、もっと音楽を楽しんでいるような雰囲気があるといいなぁと感じたりもした。読響の演奏はここ数年間で何度かは聴いているのだけれど、きちんと出会えていないような気がして、次回に期待したいと思う。
浅草オペラ
浅草フランス座演芸場東洋館で浅草オペラを観た。「椿姫」という表題はついているものの、金色夜叉があったり、ゴンドラの唄、ベアトリ姉ちゃん、宵待草などなど大正から昭和初期に流行した歌が芸達者な活弁士の口上を挟みながら披露されるという「歌と活弁士で誘う ああ夢の街 浅草!」というもうひとつの表題が相応しい公演だった。現代よりも情報や刺激が少なかった時代、西洋に追い付こう(追い付いたか?)といった雰囲気の時代の人たちが、西洋人の音楽を微妙に身近に引き寄せた浅草オペラをどんな思いで楽しんでいたのか、現代人以上にいろいろな想像を膨らませながら聴いていたような気もするけれど、そんなことを考えつつも、やや高めの年齢層の賑やかな観客たちと一緒になって手を叩き、笑い、あたかも作品のように演奏されるコマーシャルソングを聴いた後、休憩時間の客席で駅弁のように販売される木村屋本店の人形焼の美味しさに驚き、舞台におひねりを放ったりしながら、楽しい時間を過ごすことができた。歌も演奏も活弁士の語りも素晴らしく、表題どおりの「椿姫」もあったり、蝶々夫人の「ある晴れた日に」などのオペラも歌われたけれど、この会場でこのキャストが最後に演奏した「浅草キッド」は、やはり味わい深かった。
2026年9月は10.2キロ
2026年9月の月間走行距離は10.2キロだった。この距離の少なさは、9月30日まで35日間連続で雨が降ったこと、それから仕事が忙しかったことが原因だと思うけれど、9月は美術、映画、音楽と遊びには出掛けていたので、ランニングの優先順位が低いということだろうか。ワンゲル部で山には登るものの、レースに参加したことはおろか、10キロも走ったことがなさそうな三女が東京マラソンに当選して走り始めたので、自分もちょっと頑張ろうかと思っている。
東京シティ・フィル第386回定期演奏会
東京オペラシティでリオ・クオクマンが指揮するTCPOの第386回定期演奏会を聴いた。レスピーギの組曲「鳥」、清水和音をソリストに迎えたショパンのピアノ協奏曲第2番、アンコールにレスピーギのイタリアーナが演奏され、休憩を挟んでからプッチーニのマノン・レスコー第3幕間奏曲、最後にレスピーギの「ローマの松」という構成だった。リオ・クリマンの指揮はダイナミックかつ滑らかで、オケがいつも以上に伸び伸びと鳴っていたように感じられた。特に大編成の「ローマの松」は、指揮者とオケの相性の良さを活かす選曲で、この曲を初めてコンサートで聴いたこともあって、録音からは感じ取れなかったこの曲の魅力に初めて触れられたように思えた。オケも素晴らしかったのだけれど、個人的には今日のコンサートは清水和音のピアノを楽しみにしていて、演奏を聴いた後でも、やはりピアノの演奏が印象深い。ビジュアル的には何となく淡々と弾いているように見えるのだけれど、目を閉じると、この曲を長い時間をかけて深く考えて、テンポや強弱、音色を細部に至るまで磨き上げた演奏の魅力がさらに明確に浮き上がってくるように感じられて、再び目を開けると、あの両手には頭とは別の脳が宿っているのではないか、などと思えてきたりもした。若く勢いのあるオケに対して、ショパンとの長い付き合いを通して育まれたこの曲への深い愛情が感じられる大人のピアノ、その組み合わせもまた魅力的だった。