パブリック・ファミリー

東京都美術館で「パブリック・ファミリー」を観た。家族の可能性は以前から関心事のひとつで、ミロ展に出掛けた際に偶々見かけたポスターのタイトルに惹かれて立ち寄った。キュレーターの西田祥子が企画した金川晋吾、工藤春香、坂本夏海、佐々瞬、さめしまことえのグループ展で、金川晋吾の作品には2022年の六本木クロッシングや昨年の東京都写真美術館の展示で、工藤春香の作品には2022年のMOTアニュアルで、佐々瞬の作品には昨年のVOCA展で出会っていたのだけれど、「パブリック・ファミリー」という視線で複数の作家の同時代の作品と向き合うことで、刺激を受け、また励まされるものがあったと思う。先週は「『家庭』の誕生」(ちくま新書)を書いた本多真隆とのレクチャートークもあったようで、この本も手元に置いてたまに読み返していることもあり、聞き逃してしまったのは残念だった。帰宅してから公式HPで募金ができることを知り、入場無料だったこともあって、入場料程度の寄付ができたならしてくれば良かったとちょっと後悔している。

ミロ展

東京都美術館でミロ展を観た。大学生だった頃、ミロの絵がプリントされたTシャツを好んで着ていた記憶があり、ポップに消費されるアイコンとしてのミロの作品の価値は分かるのだけれど、未だにきちんとミロの作品と出会えているような気持になれない。そんな気分で展覧会に出掛けて、多くの作品と向き合う時間を過ごせたのだけれど、やはりしっくりと来ないのである。備忘のため、いくつかのメモ書き。①冒頭にピカソが手元に所有し続けた1920年前後の作品2点が展示されていた。ピカソが20代後半のミロと初めて出会った頃の作品ということになる。ピカソはミロの中にどんな作家としての資質を見出したのだろう。そしてその資質は生涯変わることはなかったのだろうか。線、色彩、対象、構図、素材感、やはり線だろうか。その後の作品の線の表情は様々で、またミニチュア的な視線も特徴的に感じられるけれど、ミロの作家としての、あるいは人としての魅力がどこにあるのか。大画面の作品よりも、星座シリーズあたりにエッセンスがあるのか。②手話で話しながら鑑賞している3人の女性たちと前後した。表情豊かな手の動きと視覚芸術が交錯する様子が美しかった。③1932年に日本で初めて展示されたミロの作品が展示されていた。現在の観客も様々だが、1932年の観客がこの絵から何を感じていたのか、想像が難しい。

Reproductions 日本美術の復元・複製・修復

東京大学駒場博物館で「Reproductions 日本美術の復元・複製・修復」を観た。室町時代の年中行事を垣間見られるだけでなく、現代の日本美術や、あるいはマンガ・アニメにも通じる美しさや楽しさを感じる月次祭礼図屏風の復元模造など、見応えのある展示だった。友人に薦められて出掛けたのだけれど、もうひとつ理由があって、「初音の調度」(日本工芸史上最高傑作と言われる徳川家光が2歳半の娘千代姫を尾張徳川家に嫁がせた際の嫁入り道具)を紹介したNHKの日曜美術館(5月18日放送)の中で、その復元模造を手掛けている室瀬和美(漆芸(蒔絵)の人間国宝)が、オリジナルを前にしながら坂本美雨に話しかけていたことばが心に刺さっていたことも、久々に駒場まで足を運んだ理由である。ちょっと長くなるけれど、室瀬和美のことばを引用する。

「ここ(「初音の調度」の制作)に参加した技術者たちは、できる限りのことはやりたいという強い思い、気構えがあって・・・時代を背負う、そしてそれを次の世代にも伝える、伝えるためには材料や技術を勉強していく、そういことが復元模造の全体感だと思うんですね。・・・人間は長く生きても100年くらいしか生きられないですけれど、物はこういうふうに何百年も生きてくれるので、物を通して本当にコミュニケーションができるっていうのが、私たちにとっての財産ですね。・・・そして千代姫は、その作った道具によって育てられて、成長して、自分もこれを使えるだけの人になるべきっていうふうに、私は成長していくんだと思うんですね。そういうふうにしてキャッチボールすることによって、作る側も、使う側も、発注する側も、みんなが文化をつなげてゆく、その価値観っていうのは、過去も、現代も、未来も私は変わらないと思うんです。・・・だから、世の中が混乱すればするほど、もっと私はこういう純粋な気持ちで物を作る世界と、それを受けて次に渡す世界があるといいなと思っています。」

オディロン・ルドン-光の夢、影の輝き

パナソニック汐留美術館で「オディロン・ルドン-光の夢、影の輝き」を観た。1989年に東京国立近代美術館で開催されたオディロン・ルドン展を観て、幻想的なモノクロームから音楽的な色彩への跳躍に心を撃たれてから、ルドンは大好きなアーティストであり続けてきた(たとえば、この展覧会の図録から写したルドンの絵を仕事用の携帯電話のカバーの下に入れていたりする。)。今回のルドン展も楽しみにしていたのだが、6月に入ってからホームページを見てみると、連日予約がいっぱいで入館できない状況のよう。とはいえ諦めきれず、最終日の朝から会場に出掛けて、無事に会場に入れて頂いた。展示の冒頭に日本の画家が愛蔵していたルドンの作品が数点展示されていて、特に「アルジェの女たち」は印象深かった。その後は年代を追って作品を辿るオーソドックスな展示で、やはり色彩が響き合う1890年代半ば以降(50代半ば以降)の作品に惹かれる。自分も50代半ばになって同年代のルドンの作品から感じるのは、この年齢になって獲得した心の自由さとでも言ったらよいのだろうか。ルドンの作品からは、政治や商売からは距離を置いて、自分の心と対話する中で生まれて来た印象を受けるのだけれど、その対話のありようが、長年の熟成を経て角が取れ、深さと純度を増して豊かな香りを纏うようになっていったように感じる。そんなルドンにたっぷり出会える素敵な展覧会だった。今回の展覧会の図録は完売ということで、改めて1989年の展覧会の図録を捲ってみたけれど、バブル経済の最中に世界中から作品を集めてきたかなり大規模で充実した展示だったことに改めて思い至った。また、ルドンのコレクションで名高い岐阜県美術館が1989年以降もいくつかの作品を収集されてきたことにも気付いた。まだ岐阜県美術館を訪れたことがないのだけれど、機会を見付けて足を運んでみたいと思っている。

熊谷守一美術館

以前から気になりつつも足を運んでいなかった熊谷守一美術館を訪れて、40周年展を観てきた。熊谷守一の作品が特に好きというわけではないのだけれど、97歳に至る画業と人生を振り返る展示から、長く続けることの価値や難しさを感じさせられた。帰りはジュンク堂や新栄堂に立ち寄って、岩井克人のエッセイを購入したりしつつ、家までぶらぶらと散歩した。