飛び立つ前に

東京芸術劇場シアターイーストで「飛び立つ前に」(フロリアン・ゼレール作、齋藤敦子訳、ラディス・ショラー演出)を観た。映画はたくさん観ても、芝居を観ることは殆どなかった90年代(20代の頃)に観た芝居で、今も記憶に残っているのは「スカパンの悪だくみ」と「アパッチ砦の攻防」の2作だけで、「スカパンの悪だくみ」を選んで観たということは、この頃から橋爪功は好きな俳優だったのだろうと思う。84歳の橋爪功が舞台に立ち、若村麻由美が共演し、昨年「母」と「息子」の芝居を観たフロリアン・ゼレールの作品が東京芸術劇場にかかるということで、これは観てみたいと思ってチケットを購入したのだけれど、期待に違わず味わい深い芝居だった。キャストは皆それぞれに魅力的だったのだけれど、やはり橋爪功の役者としての風格と若村麻由美の天才的な演技の存在感は圧倒的で、ラストの若村麻由美の演技には鳥肌が立った。脚本も、橋爪功の父と若村麻由美の母のいずれが存命しているか亡くなっているのか、奥貫薫の姉と前田敦子の妹の家族の関係性は固定されているものの、岡本圭人の男と剣幸の女は複数の人格を行き来し、何処となく量子力学的に決定不能な中で芝居が進行するのだけれど、そこから長い時間を抱えた家族、そして夫婦、またその時間が沁み込んだ家(居間)という場所が立ち上がって来る様子が、様々な見方や気持ちを許容する世界の在り様を優しく照らし出すようで、こうして振り返ってみても味わい深い芝居だったと思う。

ワン・バトル・アフター・アナザー

ヒューマントラストシネマ渋谷でポール・トマス・アンダーソン(PTA)の「ワン・バトル・アフター・アナザー」を観た。次女が卒論でお世話になり、三女がピンチョンの「LAヴァイス」の授業を受けているPTAファンの先生がこの映画を推していると聞いて気になっていたのだけれど、この映画を観る前にと思って久しぶりに「マグノリア」を観たり、その後も「パンチドランク・ラブ」や「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」を観たりしていたら時間が過ぎてしまい、上映期間終了間際に映画館に足を運ぶことになった。1999₋2007年の3作と比べると、オフビート感よりも、ストレート・アヘッドな疾走感が前面に出た感じで、とはいえ、回収されなさそうないくつものエピソードを手を振って見送りつつ、字幕のないスペイン語を訳も分からず聴き飛ばしながらの一気呵成の162分で、個性溢れる映画であることに変わりはない。上映時間の長さは感じられず、観終えた後に充実感と世界に向けて開かれた開放感が手元に残る元気が出る映画だった。PTAの映画に出てくる「家族」はどこか歪んでいるのだけれど、その「家族」の在り方が愛おしかったり切なかったり痛かったりする。この映画の「家族」も、どれもが大きく歪んでいるのだけれど、どこか神話的な説得力があって、それがこの映画の充実感に繋がっているような気もするし、また、理解の及ばない「家族」が存在することを否定しないトーンが開放感に繋がっているような気もする。そんなことを考えながら、年末年始を跨いでPTAの他の映画も観ていくことになりそうで、しばらくはこの楽しみが続きそうだ。

2025年11月は87.2キロ+Walk

2025年11月の月間走行距離は87.2キロだった。たまに顔を合わせる仕事関係の先輩後輩のランナー3人と今月始めに飲み会をしたところ、自分以外の3人が来年の東京マラソンを走るということで、東京マラソンの後で飲み会をしようという話になり、流石にこのままでは飲み会の参加資格もなさそうだと感じたことから、今月はやる気を出して走る距離が伸びた次第である。とはいえ、フルを完走できるような身体を作るのは無理なので、何とか今シーズン中にハーフくらいは走っておきたいと思っている。

響きの森クラシック・シリーズVol.85

文京シビックホールで小林研一郎が指揮する東フィルの「響きの森クラシック・シリーズ Vol.85」を聴いた。1曲目はソリストに小山実稚恵を迎えたベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」、2曲目はベートーヴェンの交響曲第5番「運命」という鉄板のプログラムで、チケットは完売だったらしい。「皇帝」も「運命」もしっかりと築かれて磨かれた演奏で、特に久しぶりに聴く「運命」には、改めてその存在の大きさを感じさせられたりもしたのだけれど、このコンサートの魅力はこの2曲の演奏だけでなく、アンコールにもあったように思える。「皇帝」の後で小山実稚恵が演奏したベートーヴェンの「エリーゼのために」は、自分が弾いてみたり、身近な人の演奏や練習を耳にしたりして親しみのある曲のはずで、そうした個人的な思い出を演奏に重ね合わせることで、会場の一体感が高まったような印象を受けた。「運命」の後のアンコール「ダニーボーイ」には、何と小山実稚恵も参加して(!)、ピアノとオーケストラの心のこもった素敵な一期一会の演奏を聴かせてくれた。隣の席で一緒に聴いた「コバケンが聴きたい」という東北生まれの母も、1歳年上のコバケンが情熱を傾けて指揮する姿に元気をもらったようで、思い出深いコンサートになった。

上原彩子&神尾真由子 デュオ・リサイタル

ヤマハホールで上原彩子&神尾真由子 デュオ・リサイタルを聴いた。チャイコフスキーの「なつかしい土地の想い出」と「ワルツ・スケルツォ」、休憩後にプロコフィエフの「ピアノ・ソナタ第7番」と「ヴァイオリン・ソナタ第1番」、アンコールに「ツィゴイネルワイゼン」というプログラムだったのだが、自分にとって一番の聴きどころは上原彩子のピアノ・ソナタだった。力みのない身体から弾き出される多彩なタッチと重なり合う音色、そして心に響くリズム感。楽譜が読み込めるわけでもなく、良く分からないのだけれども、精緻に作り込まれた曲であることは感じられ、時間をかけて緻密に練り上げられた演奏であることも感じられ、兎に角凄いものであることは疑いない、そんな素晴らしい時間を頂けたことに感謝している。神尾真由子のヴァイオリンはパワフルで、上原彩子のピアノがnon dosageのシャンパーニュだとすると、樽の効いたたっぷりしたシャルドネ、あるいはマルベックといった感じで、相性が良いのか分からないのだけれど、自分の無責任な感想としては、アンコールのツィゴイネルワイゼンが一番しっくりしていたような気がする。上原彩子が来年3月に演奏するベートーヴェンのピアノ・ソナタや、来年1月に日フィルと演奏するラヴェルのピアノ協奏曲も聴いてみたいし、神尾真由子はオケとのヴァイオリンコンチェルトを聴いてみたい気がしている。