あーぶくたった、にいたった(新国立劇場)

新国立劇場(小劇場)で「あーぶくたった、にいたった」(作:別役実、演出:西沢栄治)を観た。別役実の「小市民シリーズ」の一作と紹介されているように、「小市民」的な2組の夫婦が年月や立場、記憶をずらしながら10の場面を演じるのだが、「小市民」という言葉から自分が連想する慎ましい食卓を囲む温かさのようなものは希薄で、交じり合わない日常的な会話から非日常的な展開が生じて笑いが起きることもあるけれど、同時に「恨み」のような苦い基底音が鳴り続いているような気がする。第一場で運動会の後の夕方の風の匂いを感じながら自分たちの未来を語っていた夫婦は、その未来のいくつかを微妙にずらしながらなぞった後に、第十場で同じ匂いを感じながら、自分たちは生きていること自体を申し訳なく感じていて、いつの間にか不幸せに生きようと決心をしてしまっていたんだと振り返る。そして、雪に埋もれて自分たちの「いやな匂い」を消したいと願う。二人が雪に埋もれた後も、どこかで夕方の風が吹いている。

泥人魚(シアターコクーン)

シアターコクーンで「泥人魚」(作:唐十郎、演出:金守珍)を観た。唐十郎の芝居を観たこともなれば、戯曲を読んだこともないという真っ新な状態で劇場に足を運んだので、50分間の第一部が終わって10分間の休憩に入った時点では、正直なところこの芝居をどうやって楽しめば良いのか戸惑いも感じていたのだが、役者の体から高速で絶え間なく発せられるあれだけの量の脈絡もなく飛び跳ねる言葉を観客がその場で筋道立てて理解し咀嚼できる訳もなく、これは「Don’t think. Feel」で観るのが正解だろうと腹を括ってからの第二部の70分間は、舞台から立ち昇る猥雑で純粋で撓やかで力強い紅テントの匂いがやっと自分の鼻腔にも届いたのか、文字通り何度か鳥肌が立った。あの空間に足を運んで良い経験ができたと思う。それにしても、宮沢りえは驚くほど若々しかった。

トラ!トラ!トラ!

太平洋戦争の開戦から80年を迎えた12月8日前後に、NHKで開戦と関係する様々な番組が放送された。NHKスペシャル「新・ドキュメント太平洋戦争 1941開戦(前編・後編)」、ETV特集「昭和天皇が語る 開戦への道(前編・後編)」、昭和の選択スペシャル「1941日本はなぜ開戦したのか」、BS1スペシャル「真珠湾80年 生きて愛して、そして」といった番組を観たが、こういった番組と共に、BSで放送されていたリチャード・フライシャー、舛田利雄、深作欣二監督「トラ!トラ!トラ!」を数十年ぶりに観た。なるべく史実に忠実であろうとした姿勢が感じられたし、米国側と日本側の対照が興味深くもあったのだが、映画の規模の大きさに改めてアメリカの力を見せつけられた感もある。開戦関係の番組では、ETV特集で初代宮内庁長官田島道治の「拝謁記」から引用されていた台詞が記憶に残った。「勢いは芽生えの時に押さえないと、勢いが勢いを生んで人力ではどうにも参りません。・・・勢いというのは実に恐ろしいものです。」

新しい海 After the rainbow(東京都現代美術館)

東京都現代美術館で「ユージーン・スタジオ 新しい海 After the rainbow」を観てきた。美術館のショップで購入したガイドブックに掲載されていた作者である寒川裕人のインタビューの最後にあった言葉、「つまり、目の前で、見た目ではないことを考える、想像する力がある。これは本来、多様性や共生への理解を大きく前進させる力だと考えています。他者や、自然あるいは自分に対してなど、少し想像することさえできれば、もう少しだけ前に進むかもしれない。そういう意味で、日本は世界に先駆けているところがあるはずなのです。」という言葉が、この展覧会の印象を良く語っていると思った。日本的な余白の優しさとでもいうか、清潔感やある種の潔癖さすら感じるのだけれど、懐が柔らかい。若い人たちが愉しんでいる様子が清々しかった。同時に開催されていた「クリスチャン・マークレー トランスレーティング[翻訳する]」と、「MOTコレクション Journals 日々、記す Vol2」も面白かった(後者は康夏奈(吉田夏奈)や小林正人の作品に足が止まった。)。