2025年に読んだ本は36冊、観た映画は39本、観た芝居は5本だった。芝居が少なかった理由は東京芸術劇場が改装中だったからかと思うけれど、読書量が少ないのは、思想系の本の読了までに時間がかかったことだけが理由ではなかったように思える。去年の正月にも「残された年月の長さを考えるといつまでも雑食を楽しんでいるだけでは悔いが残るのではないかと、毎年この時期になると反省させられる」と書いていたけれど、結局、昨年も興味の趣くままに雑食系の楽しみ方をしてしまった。今年は、正月にゆっくり時間を取って2026年の過ごし方について考えてみたし、読書にもある程度テーマを設定してみたので、来年の正月には、1年間で摂取・吸収できたものの質や量が向上したような気がする、といったコメントを書けるように頑張ってみようと思う。
2025年12月は101キロ+Walk
2025年12月の月間走行距離は101キロだった。100キロを超えたのは2024年10月以来のことで、もっともこの時は会津西街道を歩き走りした51.6キロが含まれているので、実質的にランニングで100キロを超えたのは何と2023年4月以来ということになる。来年2月と3月にハーフマラソンを走る予定で、ペースを上げることは望めなさそうだけれど、歩かずに完走するくらいのことはしたいので、来月もそれなりに距離を走りたいと思っている。
東京シティ・フィル第九特別演奏会
東京文化会館で高関健が指揮するTCPOの第九特別演奏会を聴いた。心を打たれる素晴らしい演奏だった。第1楽章から第3楽章(特に第1楽章)は、一音一音を揺るがせにせず積み上げて磨き上げることで、ベートーヴェンがこの音楽に込めた思いや熱量が現代的に洗練されて立ち上がって来るような感動があった。その姿勢はソリストと合唱が加わった第4楽章になっても変わらず、オケと合唱をバランスさせる難しい舵を取りながら、目指す音楽に向けて全員が気を交わしつつ進んでいく様子に深いところから動かされた。最初の一音から最後の一音まで、充実した時間だった。ソリストの歌唱も素晴らしく、特にソプラノの中江早希の良く通るしなやかで柔らかな声に魅力を感じた。演奏後、一緒に聴いた奥さんと谷中の古書木菟や山内屋酒店まで散歩する道すがら、「隣の人のマナーが悪かった」とか「コンバスがイケメンだった」といった他愛もない話もしつつ、今年最後のコンサートで来年に向けて勇気づけられる飛び切り素敵な演奏を聴かせてもらえたことに感謝するお互いの気持ちを感じ合ったりして、心温まる年末のひとときを過ごすことができた。
N響第9演奏会
NHKホールでNHK交響楽団のベートーヴェン「第9」演奏会を聴いた。数年前にNHKラジオビジネス英語でインタビューを聞いたレナード・スラットキンが指揮するということで、今年はN響を聴いてみようと思って早めにチケットを購入したのだけれど、やはりN響は人気があり、席は2階センターの6列目で、ホールが大きいこともあってオケの演奏はやや残響が少なく音が短いように感じられた。けれども、その分音の明瞭度や緻密さが高まった印象もあって、滑らかで明晰な演奏というイメージだった。4楽章に入り、ソリストの歌唱も素晴らしかったのだけれど、新国立劇場合唱団の迫力のある合唱が素晴らしく、今回の第9で一番印象深かったかもしれない。全体的に、「ベートーヴェンの神髄を追求する」といった雰囲気よりも、クリスマスの祝祭感や、何処となく大人のエンタメ感といった香りのするコンサートに思えた。今年は数日後に東京シティフィルの第9を聴きに行く予定なので、こちらもどんな第9になるのか楽しみにしている。
焼肉ドラゴン(凱旋公演)
新国立劇場(中劇場)で「焼肉ドラゴン」(作・演出:鄭義信)の凱旋公演を観た。今年の10月に小劇場での公演を観た時にファイナル公演(の予定)と知って、別れ難い気持ちから凱旋公演のチケットを購入し、84歳の母を連れて20日昼の公演を観た時も、もう少し焼肉ドラゴンの家族と一緒にいたいと思っていたのだけれど、21日の千秋楽の公演を観終えた今は、何処となく前を向いた清々しく晴れやかな気持ちでいる。全力でやり切ったオーラを発している役者さんたちの表情と、控えめにカーテンコールに応える鄭義信の姿と、1000人を超える満場のお客さんの盛大なスタンディングオベーションから伝わるこの芝居への愛情に勇気づけられて、アボジがトタン屋根に降る桜吹雪を眺めながら「ああ、いい心持ちだ」と口にした時のような、明日が信じられる気持になっている。同じ演目の芝居を劇場や座席を違えて観たり、2日連続で観たりするのは初めてのことで、それもまた良い経験だったのだけれど、凱旋公演にはやはりこの芝居を何度も観たファンの方も多く来られているようで、初めてちょっとした「推し活」気分?を味わったことにちいさなこそばゆさを感じている。