東京オペラシティで高関健指揮/東京シティ・フィルのショスタコーヴィチ交響曲第7番「レニングラード」を聴いた。昨年6月にクラウス・マケラ指揮/都響の演奏を聴いて以来の「レニングラード」だったのだが、二つの演奏の手触りはかなり違ったものに感じられた。昨年6月の演奏を聴いた後のこのブログの記事(こちら)を見ると「確かに音楽は美しかったし…音楽は音楽として楽しむべきなのだろうが、ロシアによるウクライナ侵攻が進む最中にこの曲を演奏することにはそれなりの意味があるはずなのだが、と考えてしまったり、この曲の中に組織や理念や構造ではなくパーソナルな視線を、個人に根差した私的な抵抗の視線を自分が見出せなかったからかもしれない…優れた演奏ではなくとも、今日とは違う「レニングラード」もあり得たのではないかと感じていた」とある。昨年6月の演奏が均整の取れた美しい音楽だったとすると、今回の演奏から感じたものは、ソロも大編成のオケも素晴らしかったのだが、やはり、複数の異なるベクトルの力が混在しながらシャープに像を結んでいくような「いびつさ」だったように思う。その「いびつさ」が、フィナーレで人間の主題を奏でつつ最後の四音にVictoryではなくSOSを感じさせるような引き裂かれた歌の切実な響きを生み出していたような気がする。演奏後の拍手は心のこもった分厚い音がして、オケの退場後も多くの聴衆が高関健の姿を待ち続けスタンディングオベーション送っていた様子が印象的だった。
ラ・ボエーム(文京区民参加オペラ CITTADINO歌劇団)
改修を終えた文京シビックホールで文京区民参加オペラ CITTADINO歌劇団第21期公演「ラ・ボエーム」を観た。縁があってチケットを購入して出掛けたのだが、期待していた以上に素晴らしい演奏だったと思う。キャストをオーディションで選び練習を重ねて年に一度の公演を行う企画が、昨年は新型コロナで公演中止になってしまったようであり、二年越しで温めてきた公演ということになるのだろう。ソリストもオーケストラも区民参加の合唱も息の合った演奏で久しぶりのオペラを楽しむことができた。個人的には二幕のムゼッタのアリアや四幕のコルリーネのアリアが印象深かった。この公演をS席4000円の価格で提供して頂けるのは大変有難いことで、会場には家族と一緒に小学生や中学生が来場している姿も多く見受けられた。2001年から続いているこの企画を来年以降も是非続けて頂きたいし、来年の「椿姫」にも足を運びたいと思う。
神舞の庭(宮崎県立芸術劇場)
東京芸術劇場シアターウエストで「神舞の庭」(作:長田育恵、演出:立山ひろみ)を観た。先週の北九州芸術劇場の芝居に続く地方発信の芝居で、宮崎県立芸術劇場が2016年度から行っている約1か月間の宮崎滞在で作品創作を行う「新 かぼちゃといもがら物語」の第7回公演にして初の東京公演である。2時間余りの芝居を観終えて、背筋が伸びるような印象を受けた。10人の登場人物それぞれに作り手が時間をかけて丁寧に向き合った誠実さが感じられるからだろうか、あるいは書き込み語り込むことを恐れずに観客に向かうパワーに打たれたからだろうか。神塚山の祖先や神様が神舞の庭に下りて来るように、芝居の祖先や神様が舞台に下りて来るような、そんな清々しく悦ばしい空気を感じられたように思う。
余談だが、劇場で頂いた公演パンフレットの記事で、弘前劇場の長谷川孝治が今年1月に亡くなったことを知った。演劇に疎い自分は、6年前にNHKのハイビジョン特集「上京~故郷に背を向けて~」の再放送で弘前劇場を知り、すぐに長谷川孝治の「地域と演劇 弘前劇場の三十年」を買って読んだ記憶がある。三女の本棚にあったこの本を手に取ってパラパラと読みながら、弘前劇場の芝居を観られなかったことを残念に思っている。映像でも良いので、観られないだろうか。
君といつまでも(北九州芸術劇場+市民共同創作劇)
東京芸術劇場シアターイーストで「君といつまでも」(作・演出:内藤裕敬)を観た。北九州芸術劇場が2012年から行っている「Re:北九州の記憶」プロジェクトで高齢者の方々の話しをもとに若手劇作家が創ってきた89作の戯曲をモチーフとして、新たに街の記憶の物語として執筆上演される新作戯曲ということで、北九州にも親戚が暮らしていたという九州出身の妻と一緒に出掛けてきた。約100分の上演時間で北九州を語り尽くせるはずもないとはいえ、手際よく北九州の街の成り立ちを紹介しつつ、選ばれたいくつかのエピソードを織り交ぜながら舞台は進むのだが、そこにはプロジェクトが10年間にわたって重ねてきた厚みがあって、演じる役者さんたちも皆さん魅力的で、100分がとても短く感じられた。このプロジェクトや北九州芸術劇場を応援したい気持ちになるし、そういえば妻は松本清張の「或る『小倉日記』伝」が好きだったなどと思い出しながら、北九州を訪ねてみようかという気持ちになったりもした。個人の記憶と家族の記憶、それよりも大きな共同体の記憶といったものの関係性についても少し考えてみたいと思ったりもしている。
2023年2月は70キロ+Walk
2023年2月の月間走行距離は70キロだった。これに加えて週末に10歳、8歳、5歳の3人の甥っ子と1時間ほどミニサッカーをして遊んだのだが、これが一番心拍が上がったかもしれない。体の大きさや多少のボール捌きで面目は保ったものの、Stop &Goの繰り返しはなかなかキツくて、遠くに転がっていったボールは走ることを苦にしない甥っ子たちに取ってきてもらっていた。ランニングは、妻が来シーズンのマラソンを完走(5時間切り?)を目標に走ってみようかと言いだしているので、自分も対応できるようにもう少し月間走行距離を伸ばしておこうかと思ったりしている。