サントリーホールで現田茂夫が指揮する東京フィルハーモニー交響楽団のベートーヴェン ピアノ協奏曲全曲演奏会を聴いた。ベートーヴェンのスタイルの変遷を辿れることや、ユンディ・リの代役で弾いたチャイコフスキーのピアノ協奏曲を聴いてからなるべく聴く機会を持ちたいと思っている上原彩子の演奏を楽しみにしていたのだが、上原彩子(1番)、三浦謙司(2番)、吉見友貴(3番)、ソン・ミンス(4番)、横山幸雄(5番)という5人のピアニストの演奏を続けて聴く面白さが一番の魅力だったかもしれない。ピアニスト魅力はいろいろあると思うけれど、輝かしく光る音から淡く漂いあるいは暗く沈む音までの幅広い音色、素早いパッセージを美しく奏でるスピード、迫力のある音を生み出すパワー、個性ある曲の解釈といった要素に加えて、今回のコンサートでは、ピアニストのパワーがどれだけ音になるか、自転車で言うならばペダリング効率、比喩的な感覚だけれど、(特に弱音で)ピアニストの出力が音になる比率が高いほど雑味がなく純度の高い味わいになるような、そんな印象を受けた。オーケストラもピアノと良く響き合って、充実した演奏を楽しむことができた。
東京シティ・フィル第375回定期演奏会
東京オペラシティで高関健が指揮するTCPOの第375回定期演奏会を聴いた。1曲目はソリストに奥井紫麻を迎えたサン・サーンスのピアノ協奏曲第2番で、初めて聴く奥井のピアノが素晴らしかった。力みのない細身の身体が弾き出すしなやかで力強く濁りのない音が素早いパッセージを物ともせずに美しく連なる様子は圧巻で、充実した演奏だった。機会があったらラフマニノフやプロコフィエフ、あるいはモーツアルトの協奏曲も聴いてみたいと感じて、その意味で今回のサン・サーンスという選曲も素敵だったと思う。オーケストラも分厚い音でピアノに応えていて、聴き応えがあった。アンコールのラフマニノフのプレリュード(これも素敵な演奏だった)と休憩を挟んでからの2曲目はマーラーの交響曲第7番で、こちらも異形の大曲を存分に響かせた熱演だった。2022年8月に高関健のサントリー音楽賞受賞記念コンサートでこの曲を聴いたときのブログには「奇怪さを備えた祝祭的・カーニバル的な趣もある作品」と書いていたが、今回はそういったパーソナルで感性的な印象よりも、より理知的な手触りの充実した実験的な精神が実りを結んだ作品といった印象を受けた。今回はいつも以上にゴージャスで盛大な定期演奏会で、日常では味わえない上質な刺激と活力を頂けたことに感謝したい。
響きの森クラシック・シリーズVol.82
文京シビックホールで鈴木優人が指揮する東フィルの「響きの森クラシック・シリーズ Vol.82」を聴いた。1曲目はヨハン・シュトラウス2世のワルツ「春の声」、2曲目は吉本梨乃をソリストに迎えたメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲、3曲目は宮田大をソリストに迎えたドヴォルザークのチェロ協奏曲という新春らしい華やかなプログラムだった。ややたっぷりとした歌いぶりの吉本梨乃のヴァイオリンや情熱的な宮田大のチェロと比較して、鈴木優人が指揮する東フィルはいつもよりもやや筋肉質で力強い演奏に感じられたけれど、メロディアスな3曲(しかも協奏曲が2曲!)で新年の雰囲気を十二分に楽しむことができた。
Perfect Days
遅ればせながらヴィム・ヴェンダース監督の「Perfect Days」を観た。初めて観たヴィム・ヴェンダースの映画が何だったのかもう思い出せないけれど、初めて封切で観た映画は「ベルリン・天使の詩」で、その前に「パリ、テキサス」、「ことの次第」、「ハメット」、「アメリカの友人」、「さすらい」、「まわり道」、「都会のアリス」といった作品は名画座に通って観ていたと思う。自分にとってのヴィム・ヴェンダースの映画はこの頃に観た映画たちで、中でも何故か「さすらい」が好きだった。今回、配信サービスで「Perfect Days」を観た後で、自宅のDVDの棚を眺めながら何を観ようかと少し悩んでから、久しぶりに「さすらい」を観て、それから「アメリカの友人」を観た。50年前に撮られた映画を観ると、やはり若さの魅力を感じるのだけれど、もう若いとは言えない「Perfect Days」にも共通する匂いのようなものを感じる。3本の映画は、白黒フィルム、カラーフィルム、そしてデジタルと映像の質感は全く異なるのに、どの映画からも何処となく成熟を拒むようなナイーブさとでも言おうか、そういう匂いを感じるのである。「Perfect Days」を観た後で、映画の中で主人公の平山が読んでいたフォークナーの「野生の椰子」、幸田文の「木」、パトリシア・ハイスミスの「11の物語」を読んでみた。幸田文の文章も良かったけれど、「野生の棕櫚」の「Old Man」の章は、The old man and the seaに続くような自然と人間の関わりをダイナミックに描き込んだ文章で、「良く分からないけれど凄いことは分かる」といった強烈な存在感があった。「Perfect Days」については、インテリによる単純労働の美化だといった批判もあるそうで、それはそれで分かる面もあるのだけれど、自分にとってはいろいろなことを思い起こさせ、また考えさせてくれて、新たな出会いや繋がりをもたらしてくれた素敵な映画である。
2024年の読書・映画・演劇
2024年に読んだ本は50冊、観た映画は30本、観た芝居は13本だった。振り返ってみると、緩やかなテーマを持って楽しんだというよりも、やはり雑食系としか表現できないようなラインアップである。「映像のポエジア」を再読したこともあり、映画はタルコフスキーの全作品を観たのだが、例えば同時代のロシア映画を観るといった深め方はしていない。残された年月の長さを考えるといつまでも雑食を楽しんでいるだけでは悔いが残るのではないかと、毎年この時期になると反省させられる。2025年の読書・映画・演劇については、正月休みにゆっくり考えてみたい。