文京シビックホールでケンショウ・ワタナベが指揮する東フィルの「響きの森クラシック・シリーズ Vol.83」を聴いた。1曲目はベルリオーズの序曲「海賊」で、いつもよりもやや重心が高く、光沢のある繊細な音色で、息の長いフレーズを丁寧に歌いながら紡いでゆく音楽、といった印象を受けた。このオーケストラのロッシーニとかも聴いてみたいなぁと思ったりした。2曲目はソリストに辻彩奈を迎えたグラズノフのヴァイオリン協奏曲で、辻のやや重心が低めの落ち着いて伸びやかな音色のヴァイオリンが素敵だった。3曲目はベートーヴェンの交響曲第6番「田園」で、どことなく演奏に若々しさを感じた。元気が良いとか威勢が良いというわけではなく、颯爽とした立ち姿の指揮者の影響だろうか、何割かの奏者が10歳くらい若返って演奏しているような、そんな気持ちの若々しさと嬉しさが感じられる演奏に思えた。昨年聴いたチョン・ミュンフン/東フィルや井上道義/都響の田園も素晴らしかったけれど、今日の演奏もまた違った魅力に溢れた素晴らしい演奏だったと思う。
小石川植物園(冬から春)
24節季毎に小石川植物園を散歩して写真を撮る遊びも、ついに啓蟄で一周を完了した。1年を通して訪れてみると、季節の移り変わりを感じるし、あの樹やこの草花が親しく感じられるようになってくる。冬は、乾いた空気と澄んだ光、葉を落とした木々の樹影が印象的だった。春は、梅に始まる印象もあるけれど、あの深く豊沃な土の中で始まっているような気もする。カメラ遊びは、再びCentral Tokyo, Northに戻ろうかと思っていて、小石川植物園に通う回数は減るかもしれないけれど、これからも年間パスを購入して定期的に訪れてみようと思っている。小石川植物園の写真はこちら。



東京シティ・フィル第377回定期演奏会
東京オペラシティで高関健/TCPO/TCPO CHORが演奏するヴェルディのレクイエムを聴いた。フォーレやモーツアルトのレクイエムと比べても、この曲を聴く機会は少なかった。ほとんど聴いてこなかったと言った方が良いかもしれない。手元にある録音もトスカニーニ/NBC(1943年)だけで、このCDも最後に聴いてからおそらく10年以上は経っているだろう。けれども、第1曲冒頭のチェロの下降する短い旋律が始まって、ヴァイオリンの音が聴こえて来ると、その時点で鳥肌が立った。タルコフスキーのノスタルジア。熱い水を渡り終えて倒れ込むアンドレイに捧げられる音楽。このレクイエムの旋律はあの映画の記憶と分かちがたく結びついていて、音楽を聴きながら映画館の暗闇が周囲に流れ込んでくるような気がして、そんな夢うつつの境界を行きつ戻りつしていると、「怒りの日」の圧倒的な迫力で一気に目が覚まされて、その後は音楽を造り上げようとする意志が身体になったような高関健の指揮と、それに全力で応えるTCPO/TCPO CHORの演奏、そして素晴らしいソリストの歌(ソプラノの中江早希の歌は素敵だったなぁ)に否応なく揺さぶられ運ばれていくことになるのだけれど、第9曲でもまた出会うこととなるあの旋律には、やはりどうしようもなく心を動かされてしまう。そんなこんなで、帰宅後、余韻の冷めやらぬままにノスタルジアを観てしまった。
2025年2月は60.3キロ+Walk
2025年2月の月間走行距離は60.3キロだった。少しは上向いたものの、まだまだ。体重も増えてしまい、3月のレースもDNSになりそうで、何とかせねば。
東京シティ・フィル第376回定期演奏会
東京オペラシティで藤岡幸夫が指揮するTCPOの第376回定期演奏会を聴いた。一曲目に演奏されたブラームスの交響曲第3番は、藤岡幸夫がプレトークで「幸せな音楽」と話していたが、山あり谷あり、平和な時期も激しい時期もある、時代や社会というよりも個人にとっての長い時間を思いながら聴いた。二曲目に演奏された伊福部昭の交響頌偈「釈迦」は、初めて聴いた曲だが、3楽章を通じて絵巻物のような物語性が感じられ、ユニゾンのシンプルな旋律の繰り返しが持つ独特の説得力と味わいに、改めて伊福部節の魅力を感じた。藤岡幸夫の指揮に応えて、オケも、100人規模の東京シティ・フィル・コーアの合唱も、気持ちの籠った迫力のある演奏だったと思う。