啓蒙の海賊たち

デヴィド・グレーバー著、酒井隆史訳「啓蒙の海賊たち」(岩波書店)を読んだ。積読になっているグレーバーの「負債論」を読むつもりでいるのだけれど、出張先の街の書店を何か購入しようと歩き回って、結局、この本と隣に積まれていた中村達の「君たちの記念碑はどこにある?-カリブ海の〈記憶の詩学〉」を購入してしまい、この本から読むことになった。(ちなみに、「君たちの記念碑はどこにある?」は次女が先に読み始めたようだ。)おおまかな要約が訳者によるあとがき(168₋170頁)に書かれているのだけれど、その直後に翻訳者が書いているように「と、このように圧縮してはみたものの、本書をお読みになればわかるように、筋書きはけっして一筆書きですむようなものではない。まるでこの『大きな島』の歴史そのもののように、多種多様なエスニシティと信仰、コスモロジー、慣習が入り乱れ合い、いたるところで『分裂生成』を惹き起こしている」といった具合である。翻訳者のあとがきには「執筆しながらも、そこから生まれたあたらしいアイデアを展開したくて、目の焦点ははやくも前方にむいたままあわただしく世にだしたという印象が、独特の混沌に彩られた本書にもった印象である」とも書かれている。何層にも積み重なる多様な移民の歴史、そこに現れた海賊バッカニアと欧米・奴隷貿易の複雑な激流が入り混じる17世紀末から18世紀初頭のマダカスカル北東部をラフティングするように勢いにまかせて読んでしまい、どこまで頭にはいったか心許ないのだけれど、この本の前に読んだ熊野純彦の「差異と隔たり」とはまったく異なる読書になって、それもまた面白かった。この本のあとは、地域や時代は異なれどこの本と同様に海賊の子供を描いた飯嶋和一の「南海王国記」が来週発売されることを心待ちにしている。

9つのプロフィール 1935→2025

東京都現代美術館で開館30周年記念MOTコレクション「9つのプロフィール 1935→2025」を観た。1935年から2025年までの90年間を10年ごとの9つの期間に区切って、多くの作家の300点近い作品を展示する企画で、ひとりの作家の作品をクロノロジカルに観る展示以上に、時代の移り変わりや時代との関わり、あるいは前の世代を乗り越えようとする動きを意識しながら作品と向き合う時間になった。特に足を止めた時間が長かった作品は、阿部合成「顔」(1937年の日本人が何を思っていたかを強烈に意識させられる)、向井潤吉「影(蘇州上空)」(昨年訪れた蘇州の街を思い出しながら)、田中佐一郎「赤田張野営」(戦場に連れて来られた馬と兵士の間に何ほどの違いがあるだろう)、香月泰男「昼」(香月泰男の人生を思いながら)、鶴岡政男「重い手」(掌は上を向いていて)、李禹煥「線より」(もの派が生まれた時代の流れを思いながら)、草間彌生「自殺した私」(草間彌生に出会えたような気がして)、杉本博司「Polar Bear」(重さと軽さと美しさ)、辰野登恵子「Untitled」(過去に何点か観た90年代以降の大きな油彩はどれも素敵だなぁと思った)といったところだろうか。1935年から2025年の90年間は、今年90歳を迎える自分の父親の人生と重なり合う。広島県府中市に生まれ、両親を亡くしてから東京に出てきて夜学に通い、母と結婚し、3人の子供を育てた父は、美術とはほとんど縁がなかったと思うけれど、展示されていた作品が互いに響き合うように、自分の中では、父の人生に関する記憶も作品と響き合うように感じられたことが嬉しかった。

熊野純彦「差異と隔たり」

三女から大切にしている本だと何度か聞いたことがあり、先日もこの本が会話に出たこともあって、熊野純彦著「差異と隔たり」(岩波書店)を読んだ。3部構成となっていて、それぞれの部に3つの章があり、それぞれの章は初出が異なることもあってやや独立している。あとがきによれば、「本書にもおそらく、いくとおりかの文体が入りまじっていることだろう」とのことで、「困ったことであるのかもしれないけれど、文体がかたまってしまうことをどこかでとても怖れている。確定された思考のスタイルは、世界をひといろに染めてしまうような気がしているのかもしれない」と書かれている。そんなこともあってか、全体として、「所有」「時間」「言語」という各部のトピックについて、統一性をもって普遍的な真理を説明しようという野心を感じるというよりも、熊野純彦の視点から考えたことを、熊野純彦のことばをたどりながら考える経験を味わうといった趣の読書だったように思う。読みながら、興味をおぼえた文章を書き写していたのだけれど、あらためて書き写した文章を読み返してみても、何か結論に向けて収斂していくような印象はない。たとえば、「ひとがなにものかを所有するとき、そのなにものかが人間じしんを所有している」、「私が生命を所有するのではない。生命が、私を所有する」、「差異と隔たりによって隔絶した過去が、にもかかわらず私と関係し、私の現在のうちに食いこんでいる」、「他者の死こそが、取りもどしようもなく、抹消不能で、けっして現在に回収されることのない、真の〈外傷〉となる」、「沈黙することの暴力は、できごとを忘却し、抹消してしまうことにおいて、物語ることの暴力を凌駕する」、「『言語は記号である』という語りかたが、言語経験の基礎的なかたちを覆いかくすものであることを、まず確認しておかなければならない」、「一定の発話に、かぎりなく多様な応答がそのつど接続可能であることが、ことばを現になりたたせる」、「他者は私に呼びかけることばにおいて、私からの絶対的な隔たりをしめす。けれども同時に、他者の呼びかけが聞きとられてしまうことは、他者が、果てのない隔たりにもかかわらず、あるいは、その遥かな隔たりのゆえに、私にかかわっていることをあかしつづける」などなど。
自分が若かった頃の読書は、何かしらの真実を求めたい気持ちに動機づけられていた面があったように思えるのだけれど、「真実」は人によって、あるいはその人の中においてさえ多様であって、そんな多様性を味わうことが読書の悦びになってきたような気もする。この本が出版された年に生まれて大学生になった三女が、この本にどんな魅力を感じているのか、わたしから遥かに隔てられた他者である熊野純彦が、読者であるわたしに向けて〈語ること〉の知的でロマンティクな姿に心を動かされているのか。こう書いていると、何だか若さが羨ましくなってきたりもする。

佐藤泰志

3か月ほど前になるけれど、我が家のテレビで偶々流れていたNHKの新日本風土記「函館の光」の再放送で佐藤泰志について話している人達の映像を見ていたら、奥さんが興味を持って佐藤泰志の本を何冊かメルカリで購入し、その本を自分が読み進めることになった。読んだ作品を年代順にあげると「市街戦のジャズメン」、「もうひとつの朝」、「草の響き」、「きみの鳥は歌える」、「撃つ夏」、「黄金の服」、「オーバーフェンス」、「そこのみにて光輝く」、「海炭市叙景」となる。「きみの鳥は歌える」、「オーバーフェンス」、「そこのみにて光輝く」、「海炭市叙景」の4作は映画も観た。生前に3冊の単行本を世に出して1990年に41歳で亡くなった作家の作品が(亡くなった翌年にさらに3冊が出版された)、2010年から2022年にかけて6作品も映画化されているのは、多くの映画の製作や配給に携わった函館シネマアイリス・菅原和博を始めとする函館の人たちが佐藤泰志を大切に思っていることに加えて、時代の空気が佐藤泰志の作品を求めているところも大きいような気がする。主な作品は、1960年代と1970年代が終わり、1980年代の日本のバブル経済がピークを迎えていく頃に書かれたものだが、その視線は精神的にも経済的にも厳しい状況にある人たちに注がれている。ただ、そこにあるのは社会への怒りや人々への同情ではなく、何というか傍らにいる人の息づかい、手触りといったもの。温度があり、匂いがあり、湿度がある。1980年代の日本でこういう作品が書かれ、また読まれていたと知ることができて良かったと思うし、自分が生きて来た僅か数十年の時間軸の中でも、時が経つにつれて読み手や作品を取り巻く環境は変化するし、それによって作品も変わっていくんだよなぁ、などと考えさせられた。できれば近いうちに八戸から函館へ抜けるルートを旅行してみたいと思っていて、その時には「海炭市叙景」を再読することになりそうな気がする。映画は、それぞれの距離感で原作からある程度離れていて、いずれも魅力的だけれど、もう一度観るとしたら、自分が感じた佐藤泰志作品の魅力を一番掬い取ってくれていたように思える「きみの鳥は歌える」かなぁ。

野反湖

今年はノゾリキスゲの開花が早いようだったので、予定を1週間早めて日曜日に日帰りで野反湖に出掛けてきた。早朝4時過ぎに自宅を出て7時過ぎに野反湖に着いた。

ここのところ定番となっている湖畔一周ハイキング→草津温泉→帰宅というコースである。

ノゾリキスゲが満開に近い。

カメラを提げて写真を撮りながら1周約10キロの湖畔の道を歩いた。対岸の野反湖キャンプ場の広場でお気に入りの木を眺めながらしばらくぼーっと過ごす時間を含めて3時間弱のハイキングを終える頃には、空が晴れ上がってきた。