中野ザ・ポケットで「誰かひとり/回復する人間」(演出:西本由香)を観た。ノーベル文学賞作家であるヨン・フォッセの「誰かひとり」と、ハン・ガンの「回復する人間」を続けて上演するということで、今年に入ってから妻と三女に薦められて「別れを告げない」を読み、ハン・ガンの作品が気になっていたこともあって(「菜食主義者」はそれほどでもなかったのだけれど)、チケットを購入した。ふたつの作品は、いずれも家族という身近な繋がりにおける人と人の関係の難しさを描いていて、「誰かひとり」では、息子、母、父という3人の登場人物のそれぞれをふたりのキャストの対話で描くことで微妙なブレや揺らぎを生じさせ、「回復する人間」では、おなじシーンを何度も繰り返しつつバリエーションの違いを生じさせることで微妙なブレや揺らぎを生じさせる、シンプルだけれども象徴的な赤い花を舞台奥に配した美術と、効果的な音楽、そして役者さんたちのしっかりとした存在感と相俟って、そんなブレや揺らぎの中から芝居の魅力が立ち上がってくる、そんな素敵な舞台だった。この日は朝からチケットぴあのMyチケットにアクセスできず、チケットを持たずに会場に出掛けたのだけれど、受付で気持ちよく対応していただいて、無事に芝居を楽しむことができた。ご対応いただいたスタッフの方々にも感謝している。
2026年2月は25.8キロ
2026年2月の月間走行距離は25.8キロだった。1月は3回、2月は2回しか走っておらず、この状態で3月1日の三浦国際市民マラソンに行ってきたのだけれど、無理せずゆっくりお散歩気分で景色を楽しもうという心構えだったとはいえ、やはり歩きに近いゆっくりペースで走ってもきつかった(お天気に恵まれ、海、港、畑、富士山など変化のある美しい景色が素敵だった)。とはいえ、コロナ前の2019年に夫婦で鹿児島マラソンに参加したのを最後に7年間にわたりマラソン大会に参加していなかったようで、今回はDNSとせずに参加しただけでも収穫だった。
都響第1036回定期演奏会
東京文化会館でエリアフ・インバルが指揮する東京都交響楽団と新国立劇場合唱団他によるマーラーの交響曲第8番を聴いた。マーラーの交響曲第8番をコンサートで聴くのは初めての経験で、大編成のオーケストラ、8人のソリスト、2つの合唱団が奏でるゴージャスな音楽だった。アルマに献呈されているものの、他の交響曲と比較してもPersonalというよりもPublicな音楽に感じられて、音楽に限らずどんな作品もPersonalなものとPublicなもののバランスの上に成り立っていると思うのだけれど、自分にとって心地が良いバランスはどのあたりのあるのだろうなどと考えてしまった。それにしても印象深かったのは、前日に90歳を迎えたインバルの逞しい指揮で、都響の創立60周年とインバルの90歳を祝うのに相応しい華やかな選曲でありコンサートだったと思う。
東京シティ・フィル50周年記念特別演奏会(1)
サントリーホールで高関健が指揮するTCPOの50周年記念特別演奏会を聴いた。演目はマーラーの交響曲第6番「悲劇的」。112人編成(弦60人、管打楽器等52人)の大編成のオケが約90分をかけて演奏する大曲である。この曲をコンサートで聴くのは初めてで、録音もバーンスタイン/WPO、アバド/BPO、ラトル/CBSOの演奏が手元にあるだけで、あまり聴いていない(高関健がプレトークでセル/CLOの録音を褒めていたので聴いてみようと思っている。)。演奏が始まり、オケの音にいつも以上に余裕や厚みを感じたり、ハープ、チェレスタ、シロフォン、カウベルなど多彩な音を楽しんだり、第3楽章までの約60分の演奏もある程度集中して聴けたのだけれど、圧巻は第4楽章、特に最初のハンマーが鳴らされた後、じわじわと鳥肌が立ってきて、その後はゾーンに入ったように音楽に揺り動かされた。「悲劇的」というタイトルがついているけれど、このときに感じていたのはむしろ人間に許された「幸福」といったものだったように思える。音楽とは関係がないのだけれど、演奏の直前に読了した本が、エミール・デュルケム、マルセル・モースから柄谷行人、デヴィド・グレーバーに向かう線を引いて贈与のモラルを内包した共生する社会の可能性に向けた営為を論じた本(山田広昭著「可能なるアナキズム」インスクリプト)だったことも影響していたかもしれない。この演奏の録音はCDになるのだろうか。CDになったら是非購入したい。
夜クラシック Vol.40
文京シビックホールで清水和音と松田理奈が演奏する「夜クラシック Vol.40」を聴いた。おそらく初めて聴く清水和音の演奏は、音楽を語り尽くさない含羞というか、余白を残す、あるいは時としてフルスイングのパンチ以上のインパクトを感じさせる的確な寸止めの突きを繰り出す?といった印象で、味わい深い音色に惹き込まれた。「月光」の第2楽章は、この曲の奥深さをしみじみと感じさせる演奏だったと思う。松田理奈との演奏も、25年前から何度となく共演してきたと話されていたように、長年連れ添った相性の合うパートナーがお互いをよく理解し合って奏でる音楽といった趣で、滋味深い魅力の溢れる演奏だったと思う。チャイコフスキーの「なつかし土地の想い出」の第3曲の冒頭、清水和音が(おそらく茶目っ気で?)半音高い音を出し、二人で目線を交わしてから演奏を始めた様子など、今思い出してもちょっと心が温まる。こんな演奏がS席3,000円、A席2,000円で聴けるというのはありがたいことで、チケットは完売御礼、会場は満席だった。素敵なコンサートだったので、会場でCDを2枚買って帰り、今もこのCDを聴きながらブログを書いている。