星夜航行

飯嶋和一の「星夜航行」(新潮文庫)を読んだ。16世紀末の東アジアを巡る世界の動きから当時の技術や生活の細部にまで至る緻密な描写を積み重ねた舞台のスケールの大きさと奥行きの広がり、その中で生きる登場人物のそれぞれの思いと行い、過去の作品でも魅力的に描かれた移動する馬や船、作家が長年にわたり培ってきた思索と知識や技がこの大きな器に満々と流れ込んでいるようで、飯嶋和一の仕事に改めて深く敬服した。また、朝鮮出兵・壬辰倭乱についても認識を新たにし、その苛烈な被害に暗澹とし、現在の日本の状況についても考えさせられられた。「狗賓童子の島」を読み終えたのは1か月前のことで、「飯嶋和一ばかり読み続けてはならない」という禁を破って読み始めてしまったのだが、不自由な状況にある人間の生き様を描く飯嶋和一の作品にはいつも勇気づけられる。特にこの本の主人公である沢瀬甚五郎は、都田川の芦原で斬られていたか、呂宋島航路で溺死していたか、釜山近郊で撃たれていたかもしれず、実際に命を落とした無数の沢瀬甚五郎がいたように思えてくる。そんな時間や空間を超えて吹き渡る風のような沢瀬甚五郎がこの自分の中も束の間吹き過ぎていってくれたらと思ったりして、この時期にこの本を手に取ったのも何かの縁ではないかと感じている。とはいえ、下巻は、風すら厭う痛風で身動きもままならない中で、その痛みも忘れながら読み耽ることになったのだが。これで飯嶋和一の全ての既刊本を一度は読了したのだが、今後どれか1作品しか再読できないとしたら、やはりこの作品を選ぶようなな気がする。小説丸に連載中の「北斗の星紋」も気になっているのだが。