Books: 開玄堂が無料でご提供する中・短編の作品です。
Photos: Please enjoy photos of “Central Tokyo, North” “Koishikawa Botanical Garden” “Nozori Lake” “Travels in Japan” and “Travels Abroad.”
Blog: 読書、映画、演劇、音楽、美術、写真、遠出などに関する日々の雑感です。

************************
Booksから

「父の死・開玄堂」の冒頭部分

************************
From Photos

鞆の浦 Tomonoura
Tomonoura in January 2026

************************
最近のBlog

  • 鞆の浦・府中

    アラウンド米寿の両親と一緒に、鞆の浦と父の郷里である府中を訪ねてきた。運転免許を返上した両親の運転手というお役目はあったものの、往路の新幹線では福山出身の井伏鱒二の「厄除け詩集」を久しぶりに読んでその魅力についていろいろと思いを巡らせ、鞆の浦ではこれも久しぶりに海を見て「君たちの記念品碑はどこにある」という書名の意味するところについて思いを巡らせ、温泉旅館のお部屋食で給仕をしてくれたミャンマー人のウーさんと談笑し、加藤登紀子を聴きながら芦田川沿いを府中までドライブし、府中のSpingle Moveで両親のためにお手洗いを拝借しつつ記念にレザースニーカーを購入し、府中高校や府中の街を車で回りつつ両親の昔話を聞いて過ぎ去った年月と変化に思いを馳せ、90歳を超えた父と父の姉を囲むかつての料亭旅館「恋しき」での会食では歳を「拾う」ことや家族について思いを巡らせ、帰路の新幹線では今回の旅行を振り返りつつパーシヴァル・エヴェレットの「ジェイムズ」の翻訳を楽しむといった、誠に盛りだくさんな一泊二日の旅行だった。両親も、ちょと疲れたかもしれないけれど、旅行を楽しんでくれたようで良い週末だった。


  • 上原彩子と日フィルのラヴェルPコン

    東京芸術劇場でソリストに上原彩子を迎え永峰大輔が指揮した日本フィルハーモニーのラヴェル「ピアノ協奏曲」を聴いた。上原彩子のピアノは特に両端楽章のリズム感が気持ちよく、オーケストラもピアノに寄り添い、木管や金管のソロも美しく、年明けを飾るにふさわしい素敵な演奏だったと思う。個人的には、昨年夏に上原彩子と東京交響楽団のこの曲の演奏を聴いた時よりも、今回の演奏の方に様々な楽器を活躍させるラヴェルらしさを感じた。一昨年に井上道義が指揮したショスタコーヴィチの演奏を聴いたときよりも、この日の日フィルの音は新春らしく明るく柔らかく華やかな印象で、できれば今度はオーボエが活躍する曲を聴いてみたいなぁと思ったりしている。(今回の演奏は東北の夢プロジェクトin東京2026の第1部として演奏されたのだけれど、平日の日中に仕事を中断して聴きに行ったので、第1部の「こうもり序曲」とラヴェルPコンを聴いただけで、第2部以降の合唱や伝統芸能を楽しむことはできず、最後のボレロを聴くこともできなかったのは残念だった。)

  • 想像上の妻と娘にケーキを買って帰る

    東京都写真美術館で「遠い窓へ 日本の新進作家 vol. 22」、「作家の現在 これまでとこれから」、「プリピクテ Storm/嵐」の3つの展覧会を見た。久しぶりに観た石内都の<ひろしま>の写真に背筋が伸び、志賀理江子の写真のパワーに撃たれ、ベラル・ハーレドの手を失った少女の写真に胸を痛め、スクリプカリウ落合安奈の写真と言葉の響き合いにも刺激を受けたのだけれど、3つの展覧会を回って一番面白かったのは、寺田健人の作品「想像上の妻と娘にケーキを買って帰る」だったと思う。ゲイである寺田が画面に映らない想像上の妻子との日常のひとこまを演じる姿を撮影した一連の写真は、家族や性別のあり方が議論される今の日本の文脈で鑑賞され語られることも多いと思うのだけれど、自分が作品を観ながら感じたことは、何と言うか、自分が思い描くイメージに頼る人間の姿は普遍的なものではないのか、自分には妻も子供もいて、たまにはケーキを買って帰ったりもしていたけれど、その妻や子供は自分が思い描いていた妻や子供であって、自分の視線はリアルな妻や子供には届いていなかっただろうし、ある意味自分は想像上の世界の中にいるのではないかというマトリックス的な不安感で、おそらく作家の寺田はそんな目論見でこの写真を撮ったわけではなく、自分が勝手に不安を感じているだけなのだけれど、そんな副作用の現れ方が面白い。3つの展覧会で様々なアプローチの写真を観て、自分はどんな写真を撮りたいのか、ちょっと考えさせられた。