東京芸術劇場シアターイーストで「飛び立つ前に」(フロリアン・ゼレール作、齋藤敦子訳、ラディス・ショラー演出)を観た。映画はたくさん観ても、芝居を観ることは殆どなかった90年代(20代の頃)に観た芝居で、今も記憶に残っているのは「スカパンの悪だくみ」と「アパッチ砦の攻防」の2作だけで、「スカパンの悪だくみ」を選んで観たということは、この頃から橋爪功は好きな俳優だったのだろうと思う。84歳の橋爪功が舞台に立ち、若村麻由美が共演し、昨年「母」と「息子」の芝居を観たフロリアン・ゼレールの作品が東京芸術劇場にかかるということで、これは観ておかなければと思ってチケットを購入したのだが、期待に違わず味わい深い芝居だった。キャストは皆それぞれに魅力的だったのだけれど、やはり橋爪功の役者としての風格と若村麻由美の天才的な演技の存在感は圧倒的で、ラストの若村麻由美の演技には鳥肌が立った。脚本も、橋爪功の父と若村麻由美の母のいずれが存命しているか亡くなっているのか、奥貫薫の姉と前田敦子の妹の家族の関係性は固定されているものの、岡本圭人の男と剣幸の女は複数の人格を行き来し、何処となく量子力学的に決定不能な中で芝居が進行するのだけれど、そこから長い時間を抱えた家族、そして夫婦、またその時間が沁み込んだ家(居間)という場所が立ち上がって来る様子が、様々な見方や気持ちを許す世界の在り様を優しく照らし出すようで、こうして振り返ってみても味わい深い芝居だったと思う。