東京都美術館で田中一村展を観た。幼少時から琢磨した南画や花鳥画の伎倆に写生の観察と修練、写真やおそらく西洋絵画からも様々な要素を取り込んで自らの絵画を育て上げていった一村の画家人生を300点余りの展示で辿る充実した回顧展だった。もっとも、多くの作品からは(同時期に開催されている千葉市美術館での展示に足を運んで観た作品からも)、芸術家の自由な精神の発露というよりも、注文主や贈り先のある一定の制約の下で描かれた職人としての絵師の仕事といった印象を受けた。それだけに、そうした生活に別れを告げて奄美大島に向かい、紬工場での労働と質素な暮らしで貯めた金で時間と高価な画材を手に入れて描いた「アダンの海辺」や「枇榔樹の森」といった60代の代表作の前に立つと、作品から匂い立つ静かな生命力に頭の下がる思いがする。義父が奄美大島出身、義母も両親が共に奄美大島出身、親戚には一村に肖像画を描いてもらった人もいて、今回の展示にあった肖像画もご先祖様のものではないかと妻や娘は図録を側に盛り上がっているのだが、そうでなくても、大島のルーツを改めて感じさせてくれる多くの素晴らしい作品を一村が残してくれたことを心から嬉しく思っている。