甲斐荘楠音の全貌

東京ステーションギャラリーで「甲斐荘楠音の全貌」を観た。20代後半に描かれた「あやしい」作品には強烈なインパクトがあるけれど、それよりも印象深かったのは、多くの作品から感じた線の表情の豊かさだった。絵画やデッサンに止まらず、映画の衣装、ポスター、映像などもあり、展示されていた沢山のスクラップブックに綴じられた多種多様な印刷物や写真の饒舌さから作家の人柄を想像することも楽しかった。大正から昭和初期の絵画作品にはパリのベル・エポックとの同時代性に思いを馳せてしまうのだが、この時期に多感な時期を過ごした作家が、40代を迎えた1930年代後半に絵画を離れて大衆のための映画に活動の場を移し、そして晩年に至って、20歳の頃に描いた二つの大作のうち、一つの大作を絵画と映画の技で練り上げた豪華でありながらも寂びのある色彩で彩られた「虹のかけ橋」として完成させ、もう一つのピエタを思わせる大作「畜生塚」には手を入れなかった、そんな作家の生き方にも想像を膨らませることになった。甲斐荘楠音の「全貌」に触れることは難しいけれど、その人生にいろいろな角度から思いを巡らせるきっかけに満ちた素敵な展覧会だった。余談だが、甲斐荘が衣装を手掛けた「雨月物語」のドイツ語のポスターが格好良かった。デザイナーのハンス・ヒルマンは「羅生門」や「七人の侍」のポスターも手掛けているようで、ポスターとか画集とか探してみようかなぁ。