黄金旅風

飯嶋和一著「黄金旅風」(小学館文庫)を読んだ。この本を読む前に小川哲著「地図と拳」(集英社)を読んだのだが、大陸の乾いた空気の中に鶏冠山だけが変わらずに在り続ける風景に達観というか諦観というか寂寥感を覚えて、飯嶋和一が読みたくなった。NHKの100年インタビューの再放送で大江健三郎が「僕にとって一番大切なことはですね、根本的には人間について考える、人間らしさとはどういうことか、ということをね、どんな悲劇的な状況でもこの人物が人間であり続けるということはどういうことかということをだいたい小説家は書いている」と話していたのを聞いたことも切っ掛けだったかもしれない。読み始めてみて、前半を読み終える頃には、まだこの作品に何処となくぎこちなさのようなものを感じていた。ダブル主演の一人であるはずの才介が前半のうちに亡くなり、片翼飛行のように感じられてしまったこともあるかと思う。しかし、飯嶋和一の語り口に魅了されながら最後まで読み終えてみると、既に読んだ「始祖鳥記」と「出星前夜」の間に挟まれたこの作品の立ち位置、飯嶋和一の仕事の骨太さやスケールの大きさが現れてくるようにも思えて、もう一度「始祖鳥記」や「出星前夜」を読みたくなっている。「黄金旅風」は、自分には、戦争を回避することが如何に大変なことで、時として多大な犠牲を伴うという重たい読後感を残した。「黄金旅風」の長崎は大きな戦争を免れることができたが、それから5年も経たないうちに「出星前夜」に描かれた島原の乱が起き、数万人が命を落とすことになる。やはり近いうちに「出星前夜」を再読してみようか。飯嶋和一は今年は2冊(多くて3冊)までと決めていたはずなのだが。