街とその不確かな壁

村上春樹著「街とその不確かな壁」(新潮社)を読んだ。自分は村上春樹の良い読者なのか、分からない。初めて読んだ作品は「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」で、高校二年生の夏だった。それまではいわゆる名作を文庫本で読むか図書館で借りるかしていた自分が、初めて小遣いで購入した単行本だったと記憶している。確か朝日新聞の文芸時評でこの本を知ったはずだと思い、図書館に行って探してみたところ、1985年7月25日の夕刊に山崎正和の書評が掲載されていた。この書評を読み返してみても、どうして当時の自分がこの本に関心を抱いたのか分からないのだが、「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」は多感な時期の自分にとってのナンバーワンの小説となり、大学受験を挟んで村上春樹の著作をあらかた読み尽くし、心待ちにしていた新刊(「ノルウェーの森」)を真っ先に大学生協で購入して読んだ。その後も村上春樹の小説、翻訳、エッセーを読む機会は多かったのだが、仕事に就いてからは読書量そのものが減り、いつの頃からか村上春樹の新刊も読まなくなっていた。「1Q84」は英語でしか読んでおらず、「騎士団長殺し」は読んでいない。しかし、「街とその不確かな壁」は、「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」や「海辺のカフカ」がそうだったように、自分にとって特別な小説になるような気がして、発売後まもなく書店で初版本を購入した。読み進めながら、「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」を初めて読んだ頃の自分を感じられるような気がして少し懐かしい気持ちになりつつ、読み終えてみて、私の勇気ある落下に説得力を感じている自分にあの頃からの年月の経過を感じてもいる。