ヤン・リシエツキ

東京文化会館(小ホール)でヤン・リシエツキのリサイタルを聴いた。4年ぶりに足を運べることになった東京・春・音楽祭の今年の公演の中で、ふとしたきっかけ(こちら)で知ったこのリサイタルを一番楽しみにしていた。Poems of the Nightと題されたショパンのエチュード(op.10)とノクターンを交互に弾く目新しいプログラムに、別れの曲あたりまでは異なる文体を織り交ぜた村上春樹の長編小説のような愉しみを感じていたのだが、エチュード第4番、ノクターン第7番と進むにつれて演奏は凄みを増していき、Intermission までの前半12曲をノクターン第13番で弾き終えた時には、ヤン・リシエツキが全身で鍵盤から削り出した生々しいショパンの存在が目の前に立ち上がる様に完全に圧倒されていた。声部を繊細に描き分けた個々の楽曲の演奏の力強さや鮮やかさと、一曲毎に異なる楽曲の風景のコントラストがもたらす陰影が、多面的で立体感のあるショパンの姿を説得力をもって描き出していたように思う。こんなにピアノが近くに感じられる演奏は、もしかしたら20年前にポリーニのドビュッシーを聴いたとき以来かもしれない、そんなことを思ったりもした。